
コンジュはわがままで欲張りだ。
そういう年頃なのだろうか?
食べるものはもちろん
両手に握り、さらに欲しがる。
気に入らないと床に身を投げ出し、
大泣き。
本当に疲れる。
ワンジャがおっぱいを飲むのを見て、
ダダこねが始まる。
自分も飲ませろときた。
うるさいのであいてるおっぱいを飲ませる。
一度に両方の授乳なんて、
双子の母になった気分だ。
コンジュは卒乳してから、
今までも時々、出ないおっぱいを
吸うことがあった。
2歳くらいまでおっぱい吸ってる子もいるんだし、
しょうがないかと思うが、
栄養のある今のおっぱいを
あまり飲んで欲しくない。
それでなくともムチムチしてるのに…
でもおっぱい自体に強い執着はなさそう。
おっぱいをくわえながら、
横目でワンジャの様子を伺っている。
ただのライバル意識かな?
痛いといったらすぐ離れてくれるし、
ワンジャが飲み終わったら、
自分も飲もうとしない。
でも抱っこしているワンジャを
引きずりおろして、
自分がそこに座ろうとする。
まだまだお姉ちゃんへの道は遠いね〜

初産婦なので1週間入院。
しかも母子同室で、
母乳育児推進の病院だったので、
それは親切に教えてもらった。
おかげでコンジュはおっぱいだけで
育てることができた。
入院中は、24時間コンジュと一緒にいて、
(検査や処置のとき連れて行かれたけど)
おっぱいをあげて
オムツを替えて
沐浴もして
抱っこして
寝顔を見て
写真を撮って
一緒に寝て
退屈する暇なんてなかったし、
生活リズムもつかめて、退院してからも
すんなり子供のいる生活に入っていけた。
それに今回わかった大切なこと。
それは母性が育つということ。
子供を産んだからすぐ母親になれるのか?
そうではないんだと思った。
コンジュははじめからかわいいと思えた。
でもそれは入院中、どう過ごしたかにも関わっていた。
ワンジャの場合どうだったか。
分娩室ではじめて対面したとき、
苦労して産んだのでうれしかった。
かわいいと思った。
でもその後離れていた時間、丸一日。
面会に行っても、1日3回決まった時間に
ガラス越しに、ちょっとしか見せてくれない。
切なかったけど、目の前のコンジュのことで、
ワンジャの存在を忘れるときもあった。
次の日、病院で写真を撮ってくれた。
そのときはじめて、ワンジャを抱っこし、
じっくり対することができた。
その後、母乳をあげてみたが、
おっぱいがまだ出ないし、
哺乳瓶でミルクを与えられていたので、
うまく吸えないようだった。
それより私の中で違和感があった。
自分の子として、ワンジャに対して
愛情がわいてこないのだ。
かわいいと思えない。
自分でもショックだった。
こんなこと誰にもいえない。
おっぱいも出ないし、飲んでくれないし、
自信喪失。
そんな不安な状態で退院した。

コンジュのこと。
アッパがいれば何も心配いらないのだが、
アッパがいない間。
コンジュはシオモニ(姑)になついていない。
オンマ、アッパと離れるのもはじめてのこと。
出産した翌朝、
ハルモニ(おばあさん)=シオモニが、
泣くコンジュを、だましだまし連れて行った。
泣く泣くオンマから引き離され、
どれほどストレスを受けたであろう。
しかも弟が生まれたことで、
何かわからなくても、思うところはあったはずだ。
不安だったろうに。
コンジュを思って涙が出た。
お姉さんのところで、いとこたちと遊んだコンジュは、
夕方お姉さんが連れてきてくれた。
シオモニはギブアップしたらしい...
コンジュは私を見るなり、とてもうれしそうな顔をした。
しかし、ちょっと見なかっただけだが、
ちょっと太った??
ご飯はいっぱい食べたらしい。
きっとお菓子とかもたくさんあげたんだろうな、
機嫌とるのに。
それともストレス太りかも。
ワンジャ(王子)のちっちゃい顔を見たから、
コンジュの顔が異常にでかく見えたのかもしれない。
韓国では、産後の規制が厳しい
冷たいものを飲まない食べない。
冷たい風に当たらない。
真夏でも靴下、長袖を身に着ける。
関節はなるべく曲げない。…など
病室も暖房入れて暑い。コンジュは汗だくで寝ていた。
体を冷やさず、関節に無理をかけないことで、
年をとってから、あちこち痛くならないそうです。
まあ自分のためなのですが、
足をまげて座ったりすると、すぐ言われます。
コンジュも抱っこするなと。
抱っこをせがんでくるのに、
だめだといわれるのがつらかった。
甘えたくてくるのに、抱っこもしてあげられないなんて…
こっそり抱っこしたけど^^
重い…
次の日は、午前中にアッパが迎えに来てくれて、
待ちに待った退院。
長い2日間だったね。


予定日(25日)も何もなく終わるんだな〜と
布団を敷き、横になったところ
それは突然やってきた!!
破水
はじめてのことで、
なに?なに?なにが起こったの?
ちょっとパニックになる私。
こんなときに限ってコンジュアッパがいないのだ。
夕方、お兄さんの用事で、一緒に出かけて
まだ戻ってこない。
とりあえずお姉さんに電話。
お姉さんが病院に電話してくれた。
アッパたちもこっちに向かっていた。
30分くらいで着くらしく、
帰りを待って病院に向かう。
破水はしたものの、ほとんど陣痛はなく、
子宮口もまだあまり開いてない。
お腹の子供も異常はないようで、
お産が進むのを自然に待つ形となった。
私の頭には、破水したら、早く子供を
出さないといけないもの。と思っていたので、
ちょっと不安ではあったが、
自然に産めるならそれに越したことはない。
夜10時20分に破水
11時頃病院に到着
陣痛間隔が徐々に短くなり
1時頃には1分間隔
このまま産まれるんだと思ったのもつかの間。
楽な体勢を探し、横を向いたとたん
陣痛が薄れていった。
あれっ?
5分くらいの間隔では続いていたが、
痛みもそれほど強くなく、
少し眠る。
アッパとの間を行ったりきたりして
なかなか寝ようとしなかったコンジュも、
やっと1時頃アッパにおんぶされて
眠ったようだ。
付き添ってくれたお姉さんとコンジュが、
隣のベッドで横になっている。
アッパは外の待合室のソファで寝ているだろう。
明け方、後から来た妊婦さんが出産した。
いたそ〜
でも半分うらやまし〜
そんなことを思いつつ、陣痛に耐える私。
5時半頃お姉さんが帰る。
学校へ行く子供たちの準備と
自分も仕事があるためだ。
さぞ疲れたであろう。
コンジュアッパと交代。
そのとたん本格的な陣痛がやってきた。
コンジュも早々と起きてしまったが
まだ眠くてゴロゴロしている。
(一度ベッドから落ちた)
コンジュのときもそうであったが、
痛くて横になってられない。
座ったり、立っているのが楽。
アッパに腰を揉んでもらい、
絶えること2時間くらい?
もう時間もわからない。
やっと診察してくれて、その場で力まされる。
もう眠気と疲労が限界に達していて、
なにがなんだかわからない。
やはり今回も死にそうに痛かった。
骨盤の形が悪いようだ。
何か引っかかったところで
力むどころではない。
軽いショック状態になって、意識朦朧。
手がしびれて力が入らない。
チョンシン チャリョー(しっかりして)
と何度もいわれるたび、
気を取り直してがんばった。
頭が出てきてる〜というところで
やっと分娩室に連れて行かれる。
もう歩くどころではなく、
両脇を支えられ、文字通り連れて行かれた。
いや、引きずられていったというべきか。
分娩台にやっとの思いで移った。
早く出して〜
数回力み、もうだめと思ったとき、
エギル センガクヘヤジョ!
(子供のことを考えなさい)
その声でハッとわれに返り、
もう一度がんばる。
次で出すよ〜
先生の声。
頭が出た。
もう一度。
体が出た。
コンジュのときは、吸引で
一瞬のうちに全て出てきたので、
ちょっと新鮮。
子供を抱っこするよといわれ、
??
出てきた我が子をお腹の上に乗せ、
おへその処置をしているようだ。
はじめての対面。
第一印象は、コンジュに似ている。
胎盤を出して、すそを縫って終了。
私は意識朦朧
処置の間、寒くて震えていた。
ふらふらして歩けない
車椅子で回復室に連れて行かれ、
電気マットで温まったベッドの中で
体を温める。
2006年5月26日午前8時31分
男の子出産
体重3.3キロ
以上出産記録でした。


トイレトレーニングを始めて
1週間近くたったが、
相変わらず漏らしっぱなしである。
1日に1〜2回、タイミングが合えばおまるで成功。
コンジュは、自分でもおしっこが出たことを驚いているようだ。
全くの偶然?
あとは、出ないのかなと思っていると、
数分後に、ジョ〜。
あ〜あ

夏用のズボンはたくさんあると思っていたが、
洗濯が間に合わないかも…
まだ感覚がわからないのよね。
まだまだ先は長いな
たった3日でトイレトレーニング?!

私の負担が大分軽くなった。
今まで、ほとんどしてくれなかった
食器洗いもしてくれる。
(食事準備はできないが)
何よりコンジュを見てくれるので助かる。
旦那の協力が、何より大切なのだと
身にしみる。
コンジュを妊娠中のときは、
仕事が忙しく、いつも遅く帰ってきてた。
つわりがひどいときも、
そんなことを理解できるような人ではなく、
いつもけんかばかりしていたっけ。
でもアッパが私に気を使っているのが
わかるので、こっちも辛い。
仕事がなくて申し訳ないのだろう。
私も普通に接しているが、
こんなときは、
無邪気なコンジュがいてくれて
我が家は救われている^^
実は、コンジュアッパの会社でいろいろあって、
転職を考えて、ソウルの知り合いを訪ねたわけですが…
知り合いというのは、姑側の親戚で、アッパのいとこにあたる人。
私も最近、一度だけ会ったことのある人で、アッパはかなり久しぶりの対面とのこと。
結局仕事の話はうまくできず、というか、
ソウルに住むことは、やっぱり難しいようです。
大都会に住む夢ははかなく消えてしまった。
帰りに、シオモニ(姑)のお姉さんに会いに行った。
私ははじめて会う人。
ご飯をご馳走してくれた上、コンジュの服まで買ってくれ、
お小遣いまでたくさんくれました。
久しぶりに会った甥っ子(アッパ)一家に
とてもよくしてくれました。
それにしてもこの先どうなるか…
アッパの年齢では再就職は難しいし、
いろいろ考えて髪の毛が寂しくなるばかり

韓国ももっと景気がよくなったらな。

ふにゃふにゃしながら、ずっと私にくっついている。
いつもと様子が違うと思ったら、
熱があった。
38.4度
ちょっと前から咳はしていたのだ。
季節の変わり目だしね。
ちょっと迷ったが、特売の卵を買いに行きたくて、
コンジュをベビーカーに乗せて出かけた。
お菓子コーナーを通っても、身を乗り出さない。
これは重症だ。
でも帰ってきたら、少し元気になっていた。
ご飯もあんまり食べてなかったので、
買ってきたバナナやら、ポカリスエットやら
もりもり食べて飲んでいた。
夕食後、お義姉さんから子供たちを見てほしいと頼まれ、
甥っ子姪っ子3人やってきた。
最近仕事をはじめ、夜ビラ配りに出かけるのだ。
2時間半くらい。
最初は機嫌よく遊んでいたコンジュも、
だんだん疲れてきたのか、私に抱っこを求め、
じっとしていた。
また少し熱が上がってきたかな。
みんな帰ってから、コンジュはすぐに寝てしまった。
まだ9時なのに。

優雅なものはないのですが、
5月1日は勤労者の日(公休日ではなく、企業に任せられた休み)
5月5日はこどもの日で、コンジュアッパがお休みでしたので、主婦の私はちょっと疲れ気味です

決してアッパが家にいたからではなく
(それもちょっとあるけど…)
お天気もいいし、出かける機会が多い週だったからですよ。
5月5日は日本と同じく、こどもの日なんですよね。
3月3日のひな祭りはありませんけど^^
ちなみに5月5日は、プッチョニm オシンナr
(仏様がいらっしゃった日)でもあります。
仏様の誕生日ということらしいです。
各お寺などでは行事が催されます。
私も子供が生まれる前は、そっちの観光もしましたが、
提灯がたくさん飾ってあって、熱心な参加者たちでいっぱいでした。
韓国では信心深い人が多いです。
キリスト教の教会も多いですし、
もともと儒教の国ですからね。
その文化が根付いていて、目上の人を敬うこと、
年上の人のいうことに逆らわないことが、当たり前にできるようです。
見習いたいものです。
そんなわけで、今年の5月5日は
コンジュのために、動物園へ行きました。
この日は小学生以下は入場料無料で、毎年大勢の人が訪れます。
といっても、アッパの小学校時代の同級生が勤務しており、
毎回タダで入れるのですが(笑)








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